大判例

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大阪地方裁判所 昭和25年(レ)15号 判決

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、大阪市豊能郡箕面町平尾三百五十四番地の一にある木造瓦葺二階建家屋(建坪七坪半二階五坪)のうち、階下店の間西側建坪二坪の部分を明渡すべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と担保を条件とする仮執行の宣言をもとめ、その請求の原因としてつぎの通り述べた。

「控訴人は昭和十二年頃上記請求の趣旨にかかげた家屋(本件家屋)をその所有者である訴外織田キクから家賃を一ケ月二十五円と定め期間を定めず賃借し、これに居住してポンプ工業所を経営してきたが、昭和二十年六月空襲がはげしくなつてきたので、妻と子供等を郷里の朝鮮に疎開させるためこれをともなつて、控訴人自身は二ケ月位で帰つてくる予定で、朝鮮に赴いた。そして、控訴人は右の通り朝鮮に出発するに当り訴外広瀬輝義とその妻広瀬長栄夫婦を本件家屋に居住させてこれに控訴人不在中の本件家屋および営業の管理を託した。しかしまもなく終戦となり、その前後の混乱と交通の制限のため控訴人は右予定通りには帰宅ができず留守宅との連絡もできないでようやく昭和二十三年十二月上旬になつて帰宅することができた。

ところで、不在中の家屋および営業の管理をまかせておいた前記広瀬輝義は昭和二十三年二月十二日死亡し、本件家屋にのこつたその妻の広瀬長栄は、同年五月頃、本件家屋をあらためて所有者織田キクから賃借し、賃借人名義を控訴人から同訴外人に切換え、その頃階下店の間東側の建坪一坪の部分を訴外松浦茂にまた同年九月頃階下店の間西側建坪二坪の部分を被控訴人に転貸し、被控訴人はそこを店舗に使用して鮮魚商を営んでいる。そのため控訴人はやつと帰つてきたものの自分の住宅であり店舗である本件家屋に住むことができず、営業を再開することもできないで困つている。控訴人は朝鮮におもむくについても、その所有の営業用品および世帶道具を本件家屋に残し、あとを広瀬夫婦に託していつたもので、本件家屋に対する控訴人の占有は現在まで継続しており、被控訴人は前記本件家屋の一部使用によつて控訴人の占有を現に妨害しているものであるから控訴人にはその妨害の排除をもとめる権利がある。そこで、被控訴人に対し、その妨害の排除として、本件家屋のうち被控訴人の現に使用する上記部分の明渡をもとめる。つぎに控訴人は、本件家屋の賃借権にもとずいてその賃借権の行使をさまたげる被控訴人の上記本件家屋の一部使用の排除をもとめるため当該部分の明渡をもとめる。もし直接右賃借権にもとずく明渡請求がみとめられないときは、その賃借権により賃貸人たる所有者織田キクに代位して、被控訴人に対し、右妨害の排除として前記使用部分の明渡をもとめる。なお前記広瀬長栄と織田キクとの間の本件家屋の賃貸借契約は、控訴人の賃借権を無視した二重の賃貸借であるから無効で控訴人には対抗できない。」

被控訴人は主文同旨の判決をもとめ、答弁としてつぎの通り述べた。

「被控訴人が昭和二十三年九月頃本件家屋の階下店の間西側二坪の部分を訴外広瀬長栄から転借し、鮮魚商の店舗として使用していることはみとめる。控訴人は本件家屋について占有権を有するというが、控訴人は昭和二十年空襲激化の頃当時居住していた本件家屋をひきはらい、家族を連れ、家財道具も全部運び出して朝鮮に引揚げ本件家屋に対する占有権を放棄したものでその後は本件家屋を占有してはいない。仮に、右をもつて占有権の放棄でないとしても、その後本件家屋に居住占有していた訴外広瀬輝義には控訴人のために占有する意思がなく、まつたく自己のために占有していたものであるから、これによつて控訴人が代理占有をしていたものとはいえず、さらに、同訴外人を占有代理人とする控訴人の代理占有がみとめられるとしても、同訴外人は昭和二十三年二月十二日死亡したので、これによつて控訴人の占有を失われたものといわねばならない。また控訴人は本件家屋の賃借権にもとずいて被控訴人に明渡をもとめるが、賃借権は債権であるから、第三者たる被控訴人には主張できない。以上にふれたほか、控訴人の主張するその余の事実は知らない。」

<立証省略>

三、理  由

当審証人織田実の証言によつて真正に成立したものとみとめられる甲第四号証と同証人の証言および原審証人二木荘二郎の証言によれば、控訴人が昭和十二年六月頃本件家屋をその所有者たる訴外織田キクから賃借してこれに居住し、ポンプの修理業を営んできたことをみとめることができる。そして当審における控訴人本人の供述によると、控訴人は昭和二十年六月中頃空襲がはげしくなつてきたので、家族を朝鮮に疎開させるため、控訴人の知人で当時北鮮に在勤していた訴外二木荘二郎が控訴人居住の箕面町に残していたその家族を引取るため帰国したのをさいわい、同訴外人に依頼して敦賀から朝鮮への乗船の便を得るとともに荷物を朝鮮に送る手はずをととのえ、その頃徴用されて勤務していた神戸の三菱造船所から二ケ月の休暇をもらい、家族を朝鮮の妻の親もとに送りとどけておいて控訴人は単身ふたたび本件家屋に帰る予定で家族とともに朝鮮におもむいたが、その際かねて控訴人の営業を手つだわせていた訴外広瀬輝義とその妻の広瀬長栄に、控訴人が帰つてきた後は同訴外人夫婦を本件家屋の二階に居住させることを約して控訴人の留守中の本件家屋に居住して家屋ならびに営業の管理をすることをたのみ、同訴外人夫婦はこれを承諾して控訴人の渡鮮後本件家屋に居住するにいたつたものであることがみとめられる。この場合、控訴人が本件家屋をはなれて朝鮮に向つた後も、なお本件家屋に対する事実上の支配すなわち所持をつずけていたとみることは困難である。当時戦況は緊迫して交通通信機関の機能は漸次麻痺状態となり、ことに内地と朝鮮との交通通信は極度に困難となつていたこと、空襲はますます激しさを加えて都会地およびその周辺の家屋は常時爆撃の危険にさらされていたので、これに対処するためにも家屋についてその現実の居住者が何人であるかまず重大な関心事となつていたことはまだわれわれの記憶に新しいところであり、こういう情勢の中で朝鮮に渡つた控訴人が前記広瀬夫婦を所持の機関として本件家屋の所持をつずけたとみることはとうてい困難だとしなければならない。所持は右広瀬夫婦にうつり控訴人は前記の約定によつて同訴外人夫婦を占有代理人として本件家屋を占有することになつたとみるべきである。控訴人が朝鮮におもむく際本件家屋にかかげた控訴人の営業上の看板もそのままにしておき、営業用の器具材料や世帶道具の一部も残していつたということや主食配給の籍も控訴人の分はそのまま残していたということは原審および当審における控訴人本人の供述でうかがうことができるが、これらのことも、とくに右の認定の妨げとなるものではない。被控訴人は控訴人が前記の通り朝鮮におもむくに当つて本件家屋の占有権を放棄したと主張するが、そのしからざることは右に認定した通りである。

ところが、当審における控訴人本人の供述によれば、前記のように朝鮮におもむいた控訴人はその後終戦前後の混乱に妨げられて朝鮮から本件家屋に予定通り帰つて来ることができず、昭和二十三年十二月十日ようやく日本に帰ることができたのであるが、当審証人織田実の証言により真正に成立したとみとめられる乙第一号証と同証人の証言によれば、控訴人が朝鮮から帰らないので、昭和二十一年二月十日頃前記広瀬輝義は所有者織田キクとの間に直接本件家屋の賃貸借契約を結び、昭和二十三年二月十二日右輝義が死亡した後はその妻の前記広瀬長栄がその賃貸借を承継したことをみとめることができる。そして、右広瀬長栄が、昭和二十三年九月頃本件家屋の階下店の間西側二坪の部分を被控訴人に転貸し、被控訴人がこれを鮮魚商の店舗として使用していることは当事者間に争がなく、なおその転貸借には所有者の承諾もあつたことは前記証人織田実の証言によつてみとめることができる。

さて、以上に認定した事実をもとにして控訴人の請求の当否を検討すると、まず、控訴人は被控訴人の上記本件家屋部分の使用を控訴人の本件家屋に対する占有の妨害であるとして、これを排除するため占有権にもとずいてその明渡をもとめるというのであるが、占有訴権における占有の侵奪といい妨害というのは所持者の意思にもとずかずに所持が奪われまたはその円満が害せられる場合をいい、代理占有にあつては、右の意思は所持者たる占有代理人について決せられるもので、占有代理人が任意に占有物を他人に交付し、または任意に他人の支配をゆるしたようなときには占有の侵奪や妨害があつたとはいえない。そこで控訴人が前記のように朝鮮におもむいた後は、本件家屋に対する控訴人の占有は、前記広瀬夫婦を占有代理人としてその所持による代理占有の関係となつたことはすでに認定した通りであり、その後控訴人が本件家屋に対する所持を回復したことのないことは控訴人の自ら認めるところであるから、控訴人の本件家屋についての占有権は、右の代理人による占有にもとずくほかはない。その占有が現在まで継続しているかどうかはしばらく問わぬとして、継続しているとすると、占有代理人の一人であつた広瀬輝義が死亡した後は、右の占有代理権は広瀬長栄ひとりに集中したわけであるが、控訴人自ら主張する通り、被控訴人が本件家屋の一部を使用しているのは、右広瀬長栄との転貸借契約によるもので、同訴外人の承諾のもとに使用しているわけであるから、これをもつて、控訴人の本件家屋の占有に対し、占有訴権の要件たる侵奪なり妨害なりがあつたとすることのできないことは前に説明した通りである。従つて、控訴人の占有権にもとずく請求はまつたくこれをみとめる余地がない。

つぎに、本件家屋の賃借権にもとずく控訴人の請求について考えると、控訴人が本件家屋についてまなお賃借権を有するとしても、これに対し被控訴人もやはり、前に認定した通りその使用部分について賃借権を有するものである。すなわち、前記広瀬長栄が所有者から賃借し、被控訴人は所有者の承諾を得て右広瀬長栄から転借しているのである。控訴人は、右広瀬長栄の賃貸借は控訴人の賃借権を無視した二重の賃貸借で無効だというが、二重の賃貸借だからといつて後の賃貸借が無効となるものでもなく、前の賃借人に対抗できないというようなことも考えられない。同一の目的物について互に矛盾する二つの賃借権が有効に成立し得る点においては賃借権も一般の債権と少くも異るところはない。さて控訴人は被控訴人の右本件家屋の一部使用をもつて控訴人の賃借権の行使を妨害するものとしてその妨害を排除するため右使用部分の明渡をもとめるというが、賃借権にもとずいて妨害排除の請求ができるとしても、その場合排除をもとめる賃借権の妨害は正当な権原によらない第三者の行為でなければならない。被控訴人のごとく有効な賃借権にもとずいて賃借物を使用する者に対しては、これに対立する控訴人の賃借権がこれによつて行使を妨げられるとしても両者の賃借権としてはその間に優劣がないのであるから控訴人の賃借権にもとずいてその排除をもとめることのできないのは明らかである。従つて、控訴人の右賃借権にもとずく請求もみとめることはできない。

最後に控訴人は本件家屋の賃借権により賃貸人たる訴外織田キクに代位して被控訴人に対し本件家屋中前記部分の明渡をもとめるというが、控訴人が賃貸人織田キクの被控訴人に対する明渡請求権を代位行使するというのはよいとして、同訴外人が被控訴人に対し、いかなる原因によつて明渡請求権をもつているのか明らかでなく、本件においてみとめられるかぎりでは、右訴外人は前記の通り被控訴人の転借を承諾しており、被控訴人に対し明渡請求権があるとは考えられないので控訴人のこの請求はみとめるによしがない。

以上のごとく、控訴人の本訴請求はいずれも失当で、棄却するほかなく、これと同旨にいでた原判決は結局正当であるから、本件控訴はこれを棄却し、訴訟費用の負担について同法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 浜本一夫 鈴木敏夫 麻植福雄)

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